TRPGの遊びの本質は「相手に合わせる」

早速ひと記事書いてみました。私と作業通話している方などは散々聞いたことのある話だと思います。
どうも、話が長くなってきた老人TRPGプレイヤーふれのです。

今回は、私が持論として持っているTRPGを遊ぶうえで心がけたいもの、気をつけたいもの、その根幹にある気持ちを記事にしたいと思います。当たり前のことしか書いてはいませんが、改めて見てみると何かの気づきになるかもしれませんので。

既にタイトルで答えは出ている

もうタイトルが結論であり、真理であり、これ以上の話は出てこないので、ここで記事を見るのを終わっても良いのですが、さすがに味気ないので解説していきます。

毎日SNSで繰り広げられる論争、シナリオの作りについてや遊び方について、こんな酷いことがあったよーという嘆きに、それへの共感や反論。
そう、誰が呼んだか「TRPG学級会」というやつは今日もどこかで繰り広げられ、いろんな人の参考になったりコンテンツとして面白おかしく消化されたり、多感な人がストレスの要因にしたりするのでしょう。

しかし、それらに対する答えは実は、ほとんどこれで片付いてしまうんです。それがTRPGの本質は「相手に合わせる遊び」だよという言葉。これこそが答えであり、この答えに辿り着けていない人は、TRPGを遊ばない方がいいかもしれません。

ほら、TRPGを遊ぶことを何といいますか? 「セッション」ですよね。お互いの音色や演奏に合わせて一つの音楽を奏でるようにして、ようやく一つのセッションが成立します。
TRPGも同じです。キャラクターの個性をうまく調和させながら、一つの物語という名の楽曲を仕上げないといけません。

一人だけが目立ちたがったり、自分の思い通りに進めようとしたりすると、セッションは成り立ちません。独りよがりなギターソロでは素晴らしいバンド演奏にはならないのと同じです。TRPGでは、自分の個性を出しつつも、他のプレイヤーやGMと調和できる「温度感」が大切なのです。

もし相手に合わせることができない、または合わせることで自分が極端に不幸になってしまうなら、それは単に相性が合わないだけかもしれません。そういう場合は、無理に同卓する必要はありません。これが大前提です。

妄想と創造のキャッチボール

TRPGはお互いに同じルールを、世界観を、そして存在しないキャラクターやシチュエーションを共有して一緒に物語を作っていくという遊びです。これは一般人に説明してもなかなか理解してもらえない、意味が分からないことをやっているんですよね。

TRPGってなあにって一般人に聞かれた時に私は「超本格的おままごと」としか返せませんし、それ以上語っても理解されることは難しいでしょう。

そんな面倒なことも実は紐解いていくと結局は、楽しい体験を「誰かと共有する」という遊びであるという結論に辿り着くんです。一人で遊ぶならコンシューマーゲームを遊べばいいですからね。TRPGの魅力は人と人とのコミュニケーションです。マジでこれ。

PC同士の会話、GMの投げ掛けに対する回答、その場で紡がれる即興の物語に一喜一憂し、感情を動かされる。これらはすべて誰かとのコミュニケーションによってのみ成立し、その他の要素はコミュニケーションを促進するためのツールに過ぎないのです。これがTRPGを遊ぶユーザーが持つべき大前提としてあります。

実はTRPGにはかなり高度なコミュニケーション能力が求められます。

  • 実際には目の前に存在しないキャラクターや場面を想像する
  • 実際には体験していないシチュエーションを頭の中で作り上げる
  • 他の参加者が作り上げた想像の世界を理解する
  • そこに自分の想像を重ねていく

正直、めちゃくちゃ難しいです。相手の話す内容を理解するヒアリング力、自身の妄想を分かりやすく伝達する伝達術、その双方が試されます。

これ、逆に言えばコミュニケーション力が足りない人のTRPGは、その妄想と想像のキャッチボールが上手くいかないってことなんです。これの具体的な例をあげていきましょう。

うちの子ジャイアンリサイタル

TRPGでは、自分のキャラクターに様々な設定を付け、愛着を持つことはとても自然なことです。しかし、果たしてそれが一緒に遊ぶ相手に伝わるでしょうか? それは他のプレイヤーにとって魅力的でしょうか?

ドラえもんに登場するジャイアンが、下手な歌を無理やり聞かせる場面をジャイアンリサイタルと呼びます。

自分だけが楽しい長々とした設定や背景説明は、他のプレイヤーにとっては「聞きたくもないノイズ」になってしまう可能性があるのです。しかし、それは「どうでもいい人」の設定であればです。
そう。ちゃんとその人やキャラクターに魅力があって、背景を知ることで物語に深みが生まれるような魅力さえあればいいんです。
つまりジャイアンが悪いのはリサイタルを開催していることではなく、そのリサイタルが下手くそな歌で聞くに耐えない迷惑行為だからということです。身も蓋もない話ですが、歌が上手くてみんなが魅力的に感じていればそれでいいんです。

キャラ設定をシナリオの流れと噛み合わせたり、同卓PCの設定を取り込んでチューニングしたり、キャラの隠されていた部分が見える度に「そうだったんだーうわー」と歓声があがるような魅力的な設定を用意できれば良い……というわけではないんですねー。

そこに追加で「ちゃんと伝わるように表現できればよい」のです。魅力的な設定でも伝わらなくちゃ意味はありません。必要なのはコミュニケーション能力です。ちゃんと相手に魅力的に伝わるような話し方、タイミングの選び方などが必要ということです。

ね、めっちゃハードル高いでしょ? とはいえ実際にはここまでの高いハードルは感じることなく「なんとなーく」で楽しめてる人が多いです。それは相手が「気の置ける仲の友人知人だから」なんですねー。ある程度のミスマッチを許容できるくらいの関係性があるから許されているんです。

逆にいえば、そうじゃない場合は要注意です。友達の友達、野良マッチング、などそういった関係性の薄い人との卓は要注意なんです。

常に「相手を楽しませているか」「相手を不快にしていないか」を意識するだけでも、セッションの質は大きく変わります。まあ、自分が精一杯気を使ってやった行為が相手にとって地雷だっていうなら、それはもう根本的に相性が悪いから仕方がないのですが。

PvPは何よりも協力が必要なゲームだ

PvP要素ありのシナリオ、対立型のシナリオ、そのようなシナリオは多々あります。中には苦手意識を持っていて、対立は遊びたくないって方もいらっしゃることでしょう。その気持ちも分かります。特にシノビガミでは結構不愉快な経験をした方も多いのではないでしょうか。

これは何故こんなことになってしまったのか。もう今までの話で散々語っていますが、コミュニケーションが出来ていないからであり、尚且つ対立型とは「最も高いコミュニケーション能力を必要とするハードルの高い遊びだから」です。

ちゃんと理解している人は問題ないのですが、これを正しく理解していたとしても対立というのは高度なコミュニケーションを要します。何せ、勝ち負けという概念が存在してしまうということは、どちらかが勝者役、敗者役をやらないといけないんです。

これは本当に難しいんです。コミュニケーションとは互いのやりたいことを上手に引き出し合うと話しましたが、強い力で相手を圧倒してしまうと、相手のやりたいことが何もできなくなってしまいます。断ちクリ一撃で構成崩壊、何もできずに敗北。それは楽しくないでしょう。

  • 強すぎるキャラや戦術で相手を圧倒すると、相手のプレイヤーは何もできなくなり楽しめない
  • かといって明らかに手加減すると、相手に「舐めプされている」と感じさせてしまう
  • 勝敗だけでなく、そこに至るまでのドラマや接戦感を共に楽しむバランス感覚が必要

ね、めちゃくちゃ難しいでしょ。そしてそもそも「対立型をみんなで協力して作る遊びである」という大前提を理解していても大変なのに、理解していない人がいると地獄絵図と化すんですよ。

感覚的にはパーティゲーム。マリオカートは「コミュニケーションのツール」のようなコンセプトがあるようですが、TRPGもそういうコンテンツなんですです。ゲームとしての勝ち負けよりも、その過程で生まれる感情やドラマを楽しむことが本質なのです。

対立型が苦手な方は、まずは信頼関係のあるメンバーと少しずつ試してみることをお勧めします。野良では絶対に対立にはいくな! ちなみに私が書いたシナリオに対立型は殆ど存在しないんですけどね!

まとめ

TRPGはコミュニケーションだって分かっている方はいいんですけど、本質が違う箇所にあると考えている方は一旦思考を整理する良い機会になれば幸いです。

  • 自分の楽しさだけでなく、テーブルの全員が楽しめるよう心がける
  • 相手の想像を理解し、自分の想像を伝える技術を磨く
  • キャラクター設定は魅力的に、そして適切に伝える
  • 対立型シナリオでは特に高度なコミュニケーションを心がける

TRPGを始めたばかりの方は、いきなり高度なテクニックを身につける必要はありません。まずは信頼できる仲間と「お互いの想像を楽しむ」という基本を大切にしながら、少しずつスキルを磨いていきましょう。

まあ、こんな偉そうなこと言ってる私も実際大したプレイができているわけじゃないのに理論でイキってるだけなので、「ふーん」って気楽にとらえつつ、でもどこかのタイミングで「あーなんかあんなこと言っとった変なやつおったわー」って思い出していただければそれでいいかなーって。