シナリオ「改変禁止」。結論は全部シナリオの問題です

シナリオ「改変禁止」。結論は全部シナリオの問題です

先日、TRPGのシナリオレビュー禁止についての記事を書きました。

その中で「今回は本筋から逸れますが」と言って流した話題があります。それが シナリオの「改変禁止」です。しかも「むしろ改変禁止のほうが根が深いかもしれない」とまで書いておいて放置してたのですが、なんかまた話題になっていたので、回収しに来ました。はええよ。前の記事をまだ読んでいない人は、そちらもぜひ。

レビュー禁止の記事で書いたのは、シナリオが作者の手を離れたあと、遊んだ人が何を思って何を言うかを作者は止められないし、止めにいくべきでもない、という話でした。今回はその「言う」が「やる」に変わるだけです。まあ、同じ内容の焼き直し。二毛作です。

ただ、こっちにはこっちの事情があります。改変禁止には、レビュー禁止にはない作者側の都合と、遊び手側の都合と、その両側面があります。だから「根深い」って話だったんですよね。

先に立ち位置を明かしておくと、私はシナリオを書いて売っている作者です。そして同時に、人のシナリオを改変して回すこともままあります。データを変更したり、エンディングを変更したり、NPCを生やしたり。

結論は、作者にセッションの中の改変を止める権利はない。でも改変禁止を掲げる動機には、筋の通ったものもある。そして問題の大半は、シナリオの書き方のほうで解決できる。という話になります。

どうも、知らない間にオリシのNPCが別人に改変されていたふれのです。ではよーい、スタート!

目次

改変禁止ってなんぞや

まず前提から。

TRPGのシナリオは、作者が書いて、BOOTHやTALTOといった場所で頒布されます。それを買ったGM(ゲームマスター、進行役のことです)が読んで、卓を立てて、PL(プレイヤー)を集めて遊ぶ。この流れの中で、GMが手元のシナリオを自分の卓に合わせて書き換えることを「改変」と呼んでいます。

そして時々、作者が「このシナリオは改変禁止です」と掲げます。SNSでの発信だったり、シナリオに同梱されている規約テキストへの明記だったり。すると必ず「TRPGという何が起きるか分からない遊びで改変禁止はありえない」という声が上がって、学級会が始まります。よく見た光景です。

直近で見かけたのは、こういうやり取りでした。

GM側から「NPCのイラストを自分で描いて、シナリオのNPCとして使って、告知に載せてもいいですか?」という質問。作者側からの返答は「そもそもNPCのイラストは、こちらで用意しているもの以外は使わないでください」。

あくまで私が目にした一例で、こういった意見もある、という話です。ただ、なかなか象徴的だと思いませんか。この人は作者の絵を加工したわけでも、黙って差し替えたわけでもありません。自分で描いた絵を使っていいですかと聞きに行っている。その結果がこれです。

前の記事でも使った喩えをもう一度出します。私はシナリオとセッションを「レシピ」と「パーティ」で考えています。

シナリオ作者はレシピの作成者です。そのレシピを読んで実際に料理を作る料理人がGM。その料理を囲んで食べているのがPL。となると、パーティの最中に「この料理の出所のレシピ」をどのくらい意識するかというと……まあ、優先度は高くないでしょう。大事なのはそのメンバーでの交流と、目の前の料理の味です。そして料理の味を決めるのはレシピだけじゃない。料理人の腕前も大いに関わってきます。

で、改変というのは、このレシピをアレンジして料理を作ることです。アレンジの度合いには大小あります。様々です。

  • 調味料の目分量を変える
  • 辛め・甘めといった味付けを変える
  • 豚肉と書いてあるが鶏肉で代用する
  • 盛り付ける皿を変える
  • レシピに載っていないので料理人が独断で用意する

参加者が食べる料理は、その料理人の手で作られます。その人の腕や考えによって、出てくる料理も、それを食べながら進むパーティの雰囲気も変わる。

作者の言う「改変禁止」は、このレシピのアレンジ禁止と同義です。勝手に鶏肉に変えないで、勝手に砂糖を足さないで、と言っているわけですね。

さて、これは妥当な考えなのかどうか。

作者はなぜ止めたくなり、GMはなぜ変えるのか

両方の言い分を並べます。

そもそも何故作者は改変禁止をうたうのか。多くは自分の作品を守りたいからです。

自分のシナリオに登場するNPC、そのキャラ性、台詞、設定、用意した世界観、エンディング、作りたかった景色。これらを全部シナリオの中に書き込んでいるわけで、そこから逸れることは、作者が用意した世界が崩されることに相当します。

こだわり抜いて撮った映画作品を、部分的に編集されてキャラの性格が変わったり、まったく違う展開に進んだりしたら、監督としては憤慨ものでしょう。いや、もっと軽微でもいい。「あまりに画面が暗すぎるので少し明るくした」「台詞が聞き取りづらいのでボリュームを上げた」くらいの調整でも、怒る監督はいると思います。これが「作品を守る」という思考です。

余談ですが、以前書いたTTRPG.JPの無断翻訳問題も、根っこは近い話でした。あれも「自分の作品が、自分の預かり知らない形で別のものに変えられる」ことへの拒否反応が発火点になっています。

一方、シナリオを改変するGMは、何故改変するのか。これは単純で、その方が回しやすいからです。

  • PLやGMが苦手とする表現・地雷要素・台詞をカットする
  • 特定の判定や戦闘の難易度が高いので緩和する。逆に物足りないので強化する
  • シナリオやNPCに独自の設定を付け足す
  • テイストをコメディ寄り、ギャグ寄りにする
  • エンディングやルートを変更する
  • NPCのビジュアルを差し替える(衣装、髪型、そして性格から表情まで別人レベルで)

そうした方がセッションが楽しくなる。シナリオが円滑に回る。メンバーの遊び方の好みに合っている。そういう判断です。バッドエンド確定のシナリオにオリジナル要素を足してハッピーエンドを生やす、みたいな遊び方をする人だっているでしょう。

さて、お分かりでしょうか。レビュー禁止の記事と同じ構図です。向いている方向が違う。

一方は「作者」の作品愛を保護するため。もう一方は「遊び手」が楽しむため。私が前の記事で「お願いの矢印」と呼んだやつです。矢印がどっちを向いているかで、同じお願いでも受け取られ方は180度変わる。

そして権利の話としては、レビュー禁止のときと結論も同じです。購入後の規約に「改変禁止」と書いたところで、実際には強制力はありません。あれは権利ではなくお願いです。お願いをするのは自由。それを守るのも破るのも自由。

ただ、改変の話にはもう少しだけ、作者サイドにも遊び手サイドにも複雑な事情があります。

著作権的には、改変になるのか

著作権法では、著作者は自分の作品を勝手に改変されない権利を持っています。「同一性保持権」(著作権法20条)というやつですね。加えて、元の作品をもとに別の作品を作る「翻案」にも権利が及びます(27条)。だから無断転載や、勝手に改造した版を配布・販売する行為は、はっきり権利侵害になり得ます。多くの同人シナリオが規約に「転載・再配布禁止」「改変版の配布禁止」と書いているのは、この裏付けがあるからです。

なお、ストーリーの流れやアイデアそのものには著作権はないとされています。守られているのは、それを表現した「作品」のほうです。

では、シナリオはどうか。当然、著作物です。属性としては小説に近いでしょうか。その著作物を販売して、それが遊び手の手で改変されてセッションの場で回されていたら? 作者が表現した世界が崩されて、その卓の都合に合わせて書き換わっていたら? これは著作物の改変にあたるのでは?

……まあ、多分ならないんですよねえ。

何故なら、シナリオは読んで完結するものではないからです。セッションを楽しむためのツールであり、参考資料としての役割しか持っていない。そのセッションに誰が参加して、どんなRPをして、どんな結末に向かうかを、作者は保証できません。もう手を離れています。

極端な話、そのセッションでシナリオシートに書かれていない発言が一つでも飛び出したら、それはもうその卓でだけ発生した改変要素です。これは言い過ぎですが、要するにそのくらい線引きが不可能だということです。遊びやすいように演出を、シーンを、流れを、設定を、追加し削除し調整する。それに対して作者は関与できません。

GMとなる読者が読んだところで作者の役目は終わり。その先の振る舞いは託すしかない。読んでどう理解するか、GMとしてどう振る舞うかは、GMの仕事です。

法律的にも、身内の卓で使うために手元で書き換えるだけなら私的使用の範囲という整理になりそうです(30条の私的複製が認められる場面では、47条の6で翻案も認められています)。むしろ「クトゥルフ神話TRPGのルールブックでは、PLに合わせたシナリオの調整が推奨どころか義務に近い書き方でされている。それを踏まえれば改変禁止なんて通らない」という意見も目にします。公式が想定している行為を同人シナリオ側だけ全面禁止にするのは、たしかに無理があるでしょう。

NPCのビジュアルの話も同じです。付属のイラストが好みに合わなかったら。そのNPCの性格が卓の誰かの地雷に近かったら。「遊びやすくするため」にNPCを別人にすることだってあるでしょう。オリジナルのトレーラーを作ったら? ロゴを作ったら? ココフォリアのマップを自作したら?

それ、全部改変ですよ。作者が用意した以外の何かをしたら、それは全部改変です。その定義で改変を禁止するのは、最初から不可能なんです。

ただし、卓の外に出た瞬間に話は変わる

ここが重要です。届かないのは「卓の中」だけです。

回すために調整したシナリオを、部分改修してネットで頒布・公開したら、それは普通に権利侵害です。改変版を「これが作者の正式な内容です」と偽って流通させるのも同様。作者名を騙るなど論外です。

そしてイラスト素材はもう一段固いです。TRPG界隈には、PCやNPCの立ち絵を有償・無償で絵師さんに依頼する文化があります。作者が自分で描く場合もあれば、外部に依頼して同梱している場合もある。つまりシナリオ付属のイラストは、作者だけの権利ではないことがあるわけです。加工・二次配布が規約で明確に禁止されているのは、作者のこだわりというより、そこに第三者との契約が乗っているからです。

ここで、冒頭に出した「自分で描いたイラストを使っていいですか」の話に戻ります。あれは作者の絵にも絵師さんの権利にも、一切触れていません。GMが自分で描いた、まったく別の絵ですから。守るべき素材そのものが関係していないんですね。

ただし、この件がややこしいのは「告知に載せる」が含まれているところです。告知は卓の外に出る行為で、他人のキャラクターを描いて公開するのは二次創作の領域に入ります。二次創作はもともと作者の権利が及びうるグレーゾーンなので、ここに関しては「やめてほしい」と言う筋は通ります。聞きに行ったGMの判断が正しい。そこは確認すべき場所です。

ただ、返答は少し言い過ぎな印象です。「そもそもシナリオ側で立ち絵は用意しているから、それ以外のイラストは使わないで」は、卓の中での使用まで含んだ一律禁止になっています。

整理するとこうなります。

やること作者は止められるか
卓の中でNPCを別人にする、展開を変える、難易度を変える止められない。事実上お願いベース
GMが別の絵を用意して卓で使う止められない
GMが自分で描いた絵を、告知などで表に出すグレー。二次創作の扱いになるので作者の言い分にも理がある
付属のイラストを加工する止められる。規約+著作権+絵師との契約
改変した版をネットで頒布・公開する止められる。明確に権利侵害
改変内容を「これがシナリオの内容です」と偽る止められる。論外

作者が確実に持っているのは下3行です。上2行は持っていません。真ん中はグレーで、話し合う余地がある場所。境界線はきれいに「卓の外に出るかどうか」で引かれています。

ここを全部ひとまとめにして「だから改変禁止」と言うから、話がこじれるんです。

「ふーん、こういうシナリオなんだー」問題

とはいえ、作者には表現したかった景色が必ずあるわけで、それが読み手の勝手な改変で崩されるのは良い気持ちはしないでしょう。その気持ちは分かります。

ただ、気持ちの問題だけじゃないんですよ。もう一つ実害があります。それが「ふーん、こういうシナリオなんだー」問題です。

GMが回したシナリオが元の内容からかけ離れていた場合、PLは「このシナリオはこういうものなんだ」と受け取ります。当たり前です。PLはシナリオを読んでいませんから。目の前で起きたことが全部です。

つまり、それがGMのアレンジなのか、元からシナリオに書かれていた内容なのかが、PLには分からない。

たまにありませんか。めちゃくちゃGMの台詞回しが上手くて「さぞ書き込みのすごいシナリオなんだろうなあ」と思っていたら、実際のシナリオシートには何も書かれてなくて、全部GMの即興RPによる演出だった、というパターン。これは「GMすげえ」の方向に転んだケースです。

でも、逆もあります。GMのやったことがシナリオの狙いとズレていて、PLが最終的に「このシナリオは〇〇なシナリオだった」「面白くなかった」「好みじゃなかった」という感想を持つ。GMのアレンジによって、シナリオにヘイトが溜まる。これは作者からしたらとばっちりです。「このシナリオはクソ」という評価が、身に覚えのない理由で立ってしまう。

だから作者からすれば、改変禁止をうたうことで自分の作りたい世界がブレないように守っているとも言えます。改変せずに回して「面白くなかった」となったなら、それは作者の責任だとちゃんと受け止められますからね。(まあ、改変禁止をうたうような作者がネガティブな意見を聞けるかどうかは、また別の話として)

しかし遊び手からすれば、改変なしというのは、手元を離れたはずの作者が鬱陶しく指示してくる状態でもあります。部屋まで入り込んでくる大家、嫌でしょ? セッションの場に作者が介入してくるのは邪魔でしかない。遊び手だってシナリオを壊したくてやっているわけじゃないんです。楽しく遊ぶための工夫をしているのに指を指されるのは、良い気はしないでしょう。

とはいえ、作者が面白くするために用意した要素を無視されて、まったく関係ない味が足されて、セッションの体験が残念になるのも避けたい。精巧に組んだレシピなのに、料理人が「味が薄いなあ」と醤油をどばどば足して、食べた人全員が「味が濃くて最悪なレシピだった」と思って帰る。これは勘弁こうむりたい。それはGMのアレンジによる失敗であって、レシピのせいではないですから。

界隈でよく言われる落としどころが「改変は自由ですが、セッション後に改変部分がPLに分かるようにしてください」というものです。

これは良いですね。この要素はGMのアレンジなのか、シナリオの元の内容なのかが分かって、シナリオが誤解される可能性が減る。実際、規約でこの形を採っている作者はかなり多いです。

ただ、この落としどころを機能させるには、シナリオにおける「改変とは何か」を誰かが言語化しなきゃいけません。それは誰の仕事なのか。ここから具体的な話に入ります。

「魔よけ」としての改変禁止

ここまで「改変禁止に強制力はない」と散々書いてきましたが、それを理由に「じゃあ改変禁止と書く作者は全員おかしい」と切って捨てるのは、乱暴です。この学級会がいつまでも噛み合わない理由も、実はここにあります。

「改変禁止なんてありえない」と言っている人の多くは、卓の裁定レベルの調整を想像しています。人数に合わせてHOを削る、難易度を下げる、描写を足す、NPCの立ち絵を変える、エンディングを追加する。

だいたいその程度のこと。一方で「改変禁止もやむなし」と言っている人の中には、本当にありえないと思えるような悪意のある改変をされた経験がある人も含まれています。これは想像している改変のスケールが最初から違います。

  • 原型が残らないほど弄った挙句に、PLへのセクハラの道具にされた
  • NPCが全員別人に差し替えられ、PC同士の関係性を強要される内容に作り変えられた。しかもGMは「これがシナリオ通りです」と嘘をついていて、怒ったPLが作者に直接クレームを送ってしまった

これ、被害者はPLです。作者が受けるのは風評被害です。加害者だけが無傷。

こういうものに対して、規約の「改変禁止」の一行が持つ意味は、抑止力ではありません。旗印です。事が起きたときに「これは規約に反しています」と言える根拠になる。そしてPL側が「あれ、これシナリオに書いてあることなの?」と疑うきっかけになる。

前の記事で私は「レビュー禁止の矢印は作者自身を向いていて、ユーザーのためのものではない」と書きました。この魔よけ型の改変禁止は違います。矢印はPLを向いています。遊ぶ人が変な卓で傷つかないための保険です。だからこれは正当だと思っています。

ただし、限界もはっきりしています。悪意を持って人のシナリオを道具にするような人間は、そもそも規約を読みませんし、読んでも守りません。魔よけは事後に効く札であって、事前に防ぐ壁にはならない。書いている作者自身もそれを分かった上で置いているわけです。

そして、この保険としての改変禁止と、次に話す「ただのこだわり」の改変禁止が、同じ一行で書かれてしまっているのが今の界隈の状況です。読む側には区別がつきません。だから全部まとめて「改変禁止とかありえない」と燃やされる。

もちろん、こういった本当に悪意のあるGMは稀です。シナリオ作者がただ自身のシナリオ愛を振りまいているだけのケースというのも多くあるのが現状です。その辺全部まとめます。

全部シナリオの問題

ここから主語を大きくします。改変禁止をめぐる問題、全部シナリオの問題です。

どういうことか。改変禁止が絡むトラブルの9割は、シナリオ作者からGMへのキャッチボールが失敗しているから起きています。作者が危惧している改変を分解すると、3種類あります。

1つめ。ただのこだわり。芸術家気質。

自分のシナリオに用意した設定、キャラ、世界観に酔いしれていて、それを再現することこそが美しく、PLもそれを見たいはずだと考えている。ゆえに改変を禁止する。

はい。この考えは捨ててください。いや、思うだけなら自由ですけど、作者の手を離れた先でそれを要求するのはお門違いです。レシピを作った人が、キッチンまで来て塩を振る料理人の手を握って加減をコントロールする。食べている参加者の横に来て「テーブルマナーが」「20回噛むのが最適な食べ方です」と言い出す。完全にヤバい人です。

そういう人は、シナリオではなく小説を書きましょう。もしくはマーダーミステリーやストーリープレイングのように、進行が台本として設計されている遊びのほうが向いているかもしれません。

そして、この感性は個人のわがままで済む話ではありません。前の記事で私は、この界隈に流れている空気を「作者ファースト」と呼びました。作者が希望すればレビューは止められるはず、止められないサイトのほうがおかしい。そういう前提の意見が、この界隈では普通に流通している。改変禁止も同じです。作者が望めば卓の中の振る舞いまで決められるはず、という前提で語られる。

飲食店の店主が食べログに「うちのレビュー全部消して」と言ったら通らないのと同じで、外の世界に持ち出したら一秒で否定される理屈が、この界隈の中でだけ通ってしまう。それが悪しき文化として定着しているのは良くないです。

これは大事な話なので繰り返します。シナリオはあなたのものです。ただし、それを使ったセッションに対して、あなたは何の権利もありません。

2つめ。悪意あるGMへの保険。

前章の魔よけです。これも矢印はプレイヤーを向いています。正当です。

ただし、書き方には注意が必要です。改変絶対禁止とだけ宣言すると、面倒くさい芸術家タイプだと思われます。

ちゃんと「シナリオの根幹を覆し、PLたちが楽しむ以外の目的をもった悪意ある改変は禁止」としておけば「あ、この人は読者やPLを守ってくれる優しい人だ」という風に感じてもらえるでしょう。

3つめ。シナリオの良さを殺す改変への危惧。

シナリオの見せどころや良さが表現されないまま潰されてしまう。それが原因でPLが損をして、しかもその責任がシナリオに来る。ゆえに改変を禁止する。

はい。これは理にかなっています。良いですね。1つめと何が違うか、もう分かりますよね。誰のための改変禁止かです。こだわり芸術家気質は作者のための理由。良さを殺されることへの危惧は、プレイヤーへの思いやりです。

もちろん「シナリオにヘイトが来るのを防ぎたい」という自己保身にも繋がってはいますが、出発点はプレイヤーのためです。

つまり、捨てるべきなのは1つめだけ。2つめと3つめは掲げていい。ただし、掲げるなら条件があります。

どういう理由で、どこの部分が改変禁止なのかを明記すること。これに尽きます。

で、ここからが本題なんですが。自分のシナリオの改変禁止部分とその理由を、具体的に書き出そうとしてみてください。

多分、多くの人が詰みます。理由を言語化できないんです。

そりゃそうです。それは自分のシナリオを冷静に分解して、どこがどのように面白いのか、どこが崩れると体験が損なわれるのかを解析する作業です。自分の作品を客観視して、改変されたら転ぶ箇所を特定してまとめる。難易度は激高です。

一例として書いてみます。

当シナリオは〇〇という狙いがあり、〇〇のシーンで〇〇な演出を入れています。ここでの台詞や表現がブレると、シナリオの遊びとしての根幹が揺らいでしまうため、そこまでの道中である〇〇で、キャラクターの性格や設定がブレることはなるべく避けていただきたいです。シナリオ内の描写は丁寧に書いているので、可能な限りこの中で完結できるようにし、世界観や設定の統一を図っていただけますと、シナリオの楽しい部分がブレず、良いセッションになるのではないかと思います。

こういう狙いがあるからこういう性格のNPCで、こういう外見で、こういう世界観で、こういう流れなんだよ。だから崩さずに遊んでもらえると嬉しいな。

……めっちゃくちゃ面倒くさいと思いません? でも、狙っているクリティカルなシーンや演出には、これを入れないといけないんです。

注目してほしいのは、この文章、「改変禁止」とは一言も書いていないことです。こういう狙いがあるからこう演出すると良いよ、という方針提案をしている。

これは作者と、GMを担当する読者とのコミュニケーションです。ここはこういう狙いがあるからこうしたらいいよ。ここで〇〇にしちゃうとシナリオの目的である〇〇が削がれるからお勧めしないよ。そういう書き方ができていれば、作者の考える景色は読み手に伝わります。ああ、ここを改変したらこのシナリオの味を殺しちゃうな、面白味が薄まっちゃうな、というのは読者が分かってくれる。逆に言えば、読者に分かる言葉でしっかり書いてください。

だから「全部シナリオの問題」なんです。

改変された内容がシナリオの良さを殺していたなら、それはシナリオの核が読者に伝わっていないから改変されたのであって、シナリオ側の執筆不足。もし改変を止めさせたい理由が芸術家気質のものだったら、その感性は今すぐ捨てるか、マダミス・ストプレ・WEB小説の執筆に移ってください。

自分のシナリオが好きな気持ちは分かる。分かった上で、TRPGのシナリオにその感情は持ち込むな。

描写や台詞や設定の文章が長いシナリオよりも、どんな狙いでどんなシーンがどのように入っているのかが分かるシナリオのほうが、私は品質が高いと思っています。ただ、これが容易でないことは散々言っている通りです。シナリオの分解と文章化はとても大変。でも、だからこそシナリオ作者として目指してほしい。

要は「改変禁止」とか言う前に、お前のどこを改変したらシナリオが壊れるのか分かりづらい、その文章構成と読み物としてのクオリティを正せ、という話が結論なわけですね。

作者の脳内が、描いている景色が、表現が、少しでも不足なく読者に伝わるシナリオを頑張って書きましょう。せっかくなので、シナリオの書き方は別記事にしたいと思います。今回は本筋から逸れるので省略です。

でもやっぱり、気持ちはわかるよ

ここまで散々作者に厳しいことを言ってきましたが、最後に自分の話をします。

私はありがたいことに「ふれのさんのシナリオが好き」と言ってもらえて、実際に遊んでくださっている方がいます。本当にありがたい話です。

ただ、だからイコール、私が用意したすべてが受け入れられているかというと、そうではないパターンがあります。以下は全部、私が観測した範囲で実際に見た光景です。

  • 付属のものではない、オリジナルのココフォリアマップが使われている
  • 付属のものではないNPC画像が使われている(似ているとかではなく、完全な別人)
  • NPCの性格や特徴が別人レベルで違う
  • オリジナルのNPCが追加されている、オリジナルの展開が足されている

これはね、正直ちょっとだけもにょっとします。

つまりGMは、私が用意したものではないほうを選んだ。そっちが欲しいと思ったわけです。これは一種の自己否定にも相当します。表に出てきていないだけで、他にもいろいろあるでしょう。これらは私の中では全部「改変」です。

ただ、そこでのセッションが本当に面白かったなら、私はGMの改変とアレンジに拍手喝采を送るべきです。

そして、そこでのセッションが失敗だったなら。改変要素がノイズになって、GMがシナリオの魅力を引き出せずに終わって、PLが満足できていなかったなら。それは変えることのデメリットをGMと共有できていないという、作者の不手際です。つまり私が悪い。

だから改変禁止の話は、遠くでこだわりの強い作者が吠えているだけの対岸の火事ではありません。今すぐ自分も気を付けるべき、作者と読者のキャッチボールの問題です。

それを身をもって知っているからこそ、今日もシナリオ執筆には気を付けてまいります。

改変禁止と書きたくなったら、その一行の下に理由を書いてみてください。書けたなら、それはもう改変禁止じゃなくて、良いシナリオの一部です。書けなかったなら、そこがまだ書けていないところです。

さあて、シナリオの書き方記事はいつ上がるかな!? 目標は年内です。なんと緩い目標なことか……。

ふれのでした。

ふれのプロフィール画像

この記事を書いた人

ふれの

わかばTRPG部のサークル主。シノビガミを中心にしたTRPGシナリオを執筆。ドラマチックで王道なヒロイックシナリオが得意。 「映画の主人公のような体験」を楽しめるストーリーと、作り込みと書き込みを充実させたシナリオ制作を心がけています。